Bob Weir逝去

Grateful Deadの『Anthem of the Sun(太陽の讃歌)』をあらためて聴いている。

初めてこの盤に触れたのは、確か高校生の頃だったと思う。レコードに針を落とした瞬間の衝撃は、半世紀以上経った今でも脳裏に鮮烈に焼き付いている。 スタジオ録音とライブ音源を切り刻み、テープ操作で強引に繋ぎ合わせた「音響のコラージュ」。それが次から次へと頭の中に押し寄せてきて、私は一気にこのバンドの深淵へと引きずり込まれた。

リズムは定まらず、ジェリー・ガルシアのギターはアメーバのように上下左右へと広がり、私が敬愛するフィル・レッシュのベースは、まるでリードギターのようにガルシアを追いかけ回す。 そして、ボブ・ウェアだ。 バッキングなのかリードなのか判別不能な独特のカッティングを、平然と、しかし執拗に弾き続けていた。個々の音はバラバラで、一見すると無秩序だ。だが、それぞれの楽器音が合わさった瞬間、まるで子供たちが野原で鬼ごっこをしているような、妙な幸福感とグルーヴが聴き手をも包み込む。

昨今、私は自宅のスタジオでAI生成音楽の実験を繰り返しているが、断言してもいい。 最新のAIであっても、彼らのあの「不完全さ」や、当時のサンフランシスコの空気が含んでいた微粒子までを学習することは不可能だ。

仮に膨大なデータを与えて学習できたとしても、出力されるのはデッドの音ではないだろう。何千もの彼らのジャムの学習(エポック)を繰り返したところで、それは単なる計算上の「ハルシネーション」の連続にしかならない。 彼らの音楽がもたらす幻覚体験は、人間の魂と指先が起こす化学反応であって、アルゴリズムのバグではないのだから。

一昨日、ボブ・ウェアの訃報が届いた。

ジェリー・ガルシア、フィル・レッシュ、そしてついに最年少のボブまでもが逝ってしまった。 「オリジナル・デッド」という実体は、精神的支柱であったガルシアの死と共に、とっくに消滅していたのかもしれない。頭では分かっている。だが、物理的にも彼らが全員この世から去ったという事実は、やはりどうしようもなく寂しい。

追悼の意をこめて、『Live/Dead』のA面、「Dark Star」を再生する。 オーディオ・インターフェースのボリュームを上げ、部屋いっぱいに音を満たす。

スピーカーから流れる音は、相変わらず「デッドそのもの」だった。 彼らはそこで、永遠に鬼ごっこを続けている。

恥ずかしいけど、大昔に拙宅のスタジオで作ったDark Starのカバーで見送りたい。