古き良き「爆弾マーク」の記憶

あたりの空気が正月を過ぎてまた一段と張り詰めてきた。 散歩の途中で「夏が恋しい」とかお互いバカなことを言っている夫婦を横目に、元気に散歩するジャックラッセルテリアの音くん。

新年早々、ある決断をした。

AWSの「S3」を導入することだ。

噂では、AWS(Amazon Web Services)のS3は、現代のデジタル・アーカイブにおける「巨大な図書館」のようなものだが、その受付(設定)はカフカの小説のように難解だとの定説がある。いいじゃない。チャレンジしがいがあるぜ。

ことの発端は、サブスクやレンタルサーバーのお金もばかにならないなと思い出したことや、ハードディスクを占拠している「亡霊たち」の処遇にあった。ここ20年あまり、自宅で録り溜めてきたギター、ベース、ドラムのアウトテイクたちもある。完成された楽曲ではなく、未編集の、荒々しい生の波形データ。これらは昨今、スタジオのAIモデルを育成するための重要な「栄養素」となっているのだが、その膨大なデータ量はもはやローカルのNASやHDで飼い慣らせるレベルを超えていた。簡単にいうと、あれはどこだっけ、ようは「探せない」状況が続く。

そこで、無尽蔵の容量を誇るクラウドストレージ、S3への移行を試みるわけだが、これが、とんでもない難物だった。

アカウントを作成し、バケットを用意する。ここまではいい。問題はその先、「IAM(Identity and Access Management)」だの「バケットポリシー」だのといった、権限周りの設定である。 JSON形式で記述されるポリシー設定を見つめていると、これこそがカフカの小説そのもの。自由度が高いと言えば聞こえはいいが、要するに「一歩間違えれば音が出ない(アクセスできない)」か「ステージが崩壊する(セキュリティ事故)」かの二択を迫られているようなものだ。

「アクセス権限がありません」

無機質なエラーメッセージが出るたびに、脳裏にある懐かしい光景がフラッシュバックした。 あれはまだ、Stranger Things、ホーキンスに平和が戻った頃の話だ。初期のMacintoshを使っていた時、頻繁にある「恐怖の宣告」に直面した。

そう、あの「爆弾マーク」だ。

処理しきれないタスク、競合する拡張機能、あるいは機嫌を損ねた何らかのコードが、画面中央に愛嬌のある爆弾のアイコンを表示させ、システムを強制停止させる。あの時の徒労感。再起動にかかる長い時間。爆弾処理班のように慎重にマウスを動かした記憶。その繰り返しをしていたとき、「そんなの窓から放り出しちゃえ」と当時奥さんはよく叫んでいた。

今のAWSの設定におけるストレスは、あの「爆弾マーク」と対峙していた頃の感覚に実によく似ている。 テクノロジーは飛躍的に進化したはずだ。AIが私の代わりにベースラインを生成し、プラグインひとつでアビイ・ロード・スタジオの残響が再現できる時代になった。それなのに、データを保存する倉庫の鍵を開けるためだけに、これほど冷や汗をかかねばならないとは。

だが、不思議と悪い気はしない。 マニュアルも読まずに直感だけで操作できる今のスマートフォンは便利だが、そこに「対話」はない。一方で、AWSの無愛想なコンソール画面は、72歳の老人にこう語りかけてくる。「おい、若造。この理屈が理解できるか?」。

解読困難なエラーと格闘し、論理の迷路を抜け出し、ついに接続が確立された瞬間のカタルシス。それは、難解な変拍子の曲において、バンド全員のグルーヴが奇跡的に噛み合った瞬間の快感に近い(そんなの演ったことないけど)。

結局、設定だけで丸三日を費やしてしまった。

朝のおはようの代名詞「こんな朝早くから、なんでそんな難しい顔してるの?」と聞いてくる。「雲のうえに倉庫を作ったんだけど、鍵が見つからなくてね」と答えると、「ふーーん」とか言ってコーヒーを飲み始める。

デジタルの進化を追いかけることは、OSを常に最新版へアップデートする儀式のようなものだ。たとえその過程で、何度かシステムエラーを起こしたとしてもその達成感は変え難い。

さて、無事にS3へのアップロードができるようになった。このブログに掲出するAudioVideoファイルもS3から発信しよう、なんて考えていたら「新たなる問題」に直面することとなる。(後編があるかないか、気分次第)

↓ お時間のある方のみ。ある意味懐古的ビデオ。爆弾マークみれます。